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ぴぃぷ 其の五

たいらなぎ  

「ゆ〜ぅっざさ〜ぁ。」
「な〜ぁ、に〜ぃ。」
「な〜にしてんだや、お前は。」
「おっままごと〜。」
今日は、とにかく朝から暑かった。
暦の上ではもう夏なんだから、当たり前じゃないの、と言ってしまえば、それでおしまいなのだけれども、それにしたって、汗の気色悪さで目が覚める季節が、今年もやってきてしまったようだ。
カズヒトは、自分の肌の生ぬるさに目を覚まして、何よりも先に冷水シャワーを浴びると、押入に頭を突っ込んで、比較的清潔なシャツを引っ張り出す。
牛乳を容器のまま飲み干すと、愛車の鍵をひっつかんで、まっしぐらに、ゆざさの住むアパートへ。
到着して、一応呼び出しのチャイムは鳴らしたけれど、例によって適当な返事が返ってきて、当然のことのように、鍵のかかっていない扉を開いて中へと上がり込む。
すると、彼女の小さな炬燵の横には、小さな卓袱台も並んでいて、その上には、奇妙なオモチャが並んでいた。
ゆざさは、いつものどおり、カズヒトに一瞥もくれずにそれに取り組んでいる。
「……誰とすんの、おままごと。」
「カズヒトと。」
「俺と。」
「そう。」
「よう、ゆざさ。」
「ん? 」
「俺たち、もう22なんだけど。」
「知ってるさ〜。」
「……なにが悲しゅうて、この年で……」
「あ。」
「あ? 」
「お湯沸いた、カズヒト、素麺ばらばらーってやってきて。」
「……はいはい。」
回れ右をして、ほんの数歩。
ガス台の上には、狭い台所に似つかわしくないアルマイトの大きすぎる寸胴。そこから激しく立ち上る白い煙。
蓋を開けて、横に並べてあった素麺を熱湯の中に散らす。もう一度沸騰したら、火を弱めて数十秒。一本手にとってかじってみてから、洗い場に竹笊を置いて一気に流し込む。
べこり。
素早く水洗いして、ちゃっちゃっと程良く水をきる。
平らな皿をひっぱりだしてきて、一口大に適当にわけて隙間無く並べていく。
「ゆざさ、できたぞ。」
「ほいたらね、冷蔵庫に、必要なもんあるから、持ってきて。」
「ん。」
皿を卓袱台の上に置いて、冷蔵庫及び食器棚から目に付いたモノを引っ張り出してく る。
「……で、ままごとって?」
「これ。」
目の前に置かれた、楕円形の見慣れないプラスチック製のオモチャらしきもの。
そこには水がはってある。
「なんだこれ。」
「これね、こうすんの。」
スイッチを入れると、小さなモーター音が響き、そして、そこに張られた水がさざめき出す。
ゆざさは、そこへ、素麺玉をいくつか投入する。
「……もしかして、これが噂に聞く家庭用流し素麺、てやつか。」
「おとといね、バイト代が出たんだよ。」
「は? 」
「それが、ちょっと大目でさ、昨日、なんも予定無かったから、ふらふらしにいったんだよ。」
「え? 」
「そしたらさ、こいつが居てね、あとね、こいつらも居たんだよ。」
ゆざさが、手を向けた先にある、奇妙なオモチャ達。
カズヒトは溜息をついて、当初の質問に対する答えを追求するのをあきらめる。
「……一人ずつ紹介してくれ。」
「こいつがね、綿菓子をつくってくれて、こいつがね、ソフトクリーム作ってくれてね、こいつなんかすごいよ。」
「なんだ。」
「ほら、勝手に振動して勝手にたこ焼きができんの。」
「……おまえ、たこ屋のバイトもしてたよな。」
「いや、家だと温度たりんし。」
「……ああ、さよか。」
そちらから、視線を戻して、目の前でぐるぐると不毛に回り続ける素麺を一つ掬い上げる。つるりと口の中に滑り込ませると、意外に心地よい冷たさになっている。
水の中を漂っていたせいか、程良い水気もあったりして、
「……悪くないな、これ。」
「だろ? 」
我得たりと、口の端を緩めるゆざさ。
そして、自分も箸をとって、素麺をすすりはじめる。
「ところでさ。」
「ん? 」
「ままごとってことは、俺旦那役?」
「奥さん。」
「……お前ならそういうだろな。」
再び短く溜息をついて、黙々と素麺をすすり続ける。
「カズヒト。」
「あ? 」
「ちょっと知恵のついた女の子はね、おままごとって、好きな人ととの……。」
「との?」
「……前歯に、みょうがはさがってるよ。」
(終)


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