タイトル
−弐−


名門・八幡高校の栄光のため、その影となり日夜問わず暗躍する諜報部。
しかし今、その諜報部は壊滅の危機にさらされていた。

「諜報部が無くなりゃ自由な校風が戻るんだ!」
「そうだ、諜報部なんていらねぇ!」
「諜報部を潰せえぇぇ!!」

生活指導・広岡の巧みな弁術に乗せられ、全校生徒は一人残らず諜報部不要を唱えていた。

「いや、こいつら正気じゃねえぞ…」

隠しカメラのモニタを凝視していたブザーが、その異変に気づいた。
空調が効いている諜報部室だが、部員は皆、室内の湿度が少し高まったように感じた。

「皆、目がイッちまってる…もしかして、集団催眠…?」
「ひ、広岡のし、仕業ですか?」

新入部員(コードネーム未定)は動揺を隠せなかった。
無理も無かった。わけも分からず部員にされたのがほんの数ヶ月前で、
今度は未曾有の危機が自分の身に迫っているのだ。

「…何にせよ、随分と後手に廻ってしまったようね」

諜報部の紅一点・インテルが、椅子に深く座るパトリオットに視線を向けた。
パトリオットは微動だにしない。手に持つ煙草の灰だけが、机の上に落ちている。

「…ああ、最悪の事態かも」

再びブザーが口を開いた。

「武装した奴らが真直ぐここに向かってるぜ」
「そ、そんなバカな?」

マニアの声が早いか、部員全員がモニタの前に集まった。
いや、パトリオットだけは椅子に座ったままだ。そしてゆっくり煙草を吸った。

諜報部室の所在を知る者は少ない。まして部員以外の生徒は誰一人知らないはずである。
しかし、武装した生徒達は誰に先導されるでもなく、全力疾走で部室に近付いている。

「どうしてここがバレたんだ?」

マニアが眼鏡を取り、額の汗を拭いながら言った。その目は焦躁からか、ややうつろだ。

「まさか、この中に裏切り者が…?」

黒影の一言が、部室内に緊張を走らせた。緊張はやがて、不穏な空気に変わった。
部員一人一人が互いを見やり、警戒心を強めた。

「今はそんなことを言ってる場合じゃない!」

邪を祓うようにパトリオットが一喝した。そして椅子から立ち上がり、

「諜報部として結束しなけりゃならん今この時に、滅多なことを言うな」

と、サングラスの奥から黒影に視線を投げて言った。

「…すまん」
「向こうの狙いは、恐らくそれなんだろう…」

そんなパトリオットの呟きを、ブザーの声がかき消した。

「やべぇ!ヤツら、もうそこまで来てる!」



「万事、うまくいってます。諜報部せん滅は時間の問題です」

薄暗い部屋で男が言った。その鋭く光る眼光の向こうに、煙草の煙が揺れている。

「そうか、ご苦労」

部屋の奥は一層暗いが、手にパイプを持つ男のシルエットが確認できる。

「後の事も、君に任せていいかね、広岡君?」
「はい。新しい管理体制に完全に移行するまでは、
 生徒達には今の催眠状態のままでいてもらいます。
 そのほうが、事はスムーズに進みますので」
「そこまで計算してあの策を…見事だな」

男は椅子の背に体を預け、パイプをゆっくりと吸った。
広岡は男の机の前まで歩み寄り、そして一礼した。

「恐れ入ります。しかし何故、長きに渡り学校に尽くしてきた諜報部を、
 潰す必要があったのでしょう。まだ利用価値はあったように思いますが」
「…そうだな。特に今の情報化社会には、彼らは無くてはならない存在だろう」
「それならば、何故?」
「…」

一瞬、男は表情を曇らせた。暗がりだったが、広岡はそれを見逃さない。

「今、君にそれを話す理由は無い。君に命じた教育委員会と私の思惑が、
 方向性で一致したまでだ。さあ、そろそろ戻りたまえ」

男は、さっきより少し強い口調になっていた。

「いえ、今ここでお話ししてもらわないと困ります。
 今後の諜報部のために、そして八幡高校のために」

広岡の声は、明らかに途中から若く変わった。

「な…!まさか…?」

うろたえる男を見下ろしながら、広岡はカツラを外した。
カツラの下は、黒髪の角刈りだった。
広岡は、さらにハンカチで顔を拭い、サングラスを装着した。

「パトリオット…!無事だったのか」

男は立ち上がり、驚きとも安心ともつかぬ複雑な表情を見せた。
広岡、いやパトリオットは、その表情を瞬き一つせずに凝視した。

「…。ええ、まさか部室が襲撃されるとは思いませんでしたが、
 予め抜け道を用意していたので。他の部員も無事です」
「そうか、さすがだな。広岡はどうした?いや、愚問かな」

男は再び椅子に座り、穏やかな口調で話した。

「…私が先に質問したはずです。答えてください。
 どうして、諜報部を潰そうとしたのですか?
 よりにもよって、あなたが敵になるなんて…」

パトリオットは、物心がついた頃からその男を知っていた。
その男こそが、パトリオットを諜報部に導いた張本人なのだ。

「…それを君に話したところで、何ら変わることはない。
 どんな理由にせよ、君は私を許すわけにはいかんからな」

男は変わらず穏やかに話し、そして笑みを浮かべた。

「…そう、私はそう教えられました、あなたに」

さすがのパトリオットも、感情の昂りを押さえることができなかった。
サングラスの下は、今にも涙が流れ落ちそうだった。

「裏切り者は消せ−と」

パシュッ!消音銃の乾いた音が、二人の間に震えた。

「ぐっ…」

硝煙の匂いが漂う中、パトリオットは腹を抱えてうずくまった。
顔と腹のすぐ下の絨毯に、ゆっくりと暗い色が広がっていく。

「お前は死なない限り、諜報部の呪縛から逃れられんのだ…」

立ち上がった男の目にも、涙が止め処無く溢れていた。

「岳志…お前にそんな辛い生き方をさせてしまったのは、この私だ。
 すまない…私もすぐ行く。そして、今度こそ親子として…」

パシュッ!二発目は男のこめかみから、鮮血の飛沫を飛び立たせた。

(…呪縛…だと…勝手なことを…)

薄れていく意識の中で、パトリオットは自問自答を繰り返した。

(…俺は、…俺…だ…、陸野…岳志…。諜…報部部長…パト…リオット…)

バタン!部屋のドアが押し開かれた。

「キャー!パト!しっかりして!?」
「部長!部長!」
「パト!大丈夫か!?」
「取り敢えず止血だ!」

部員全員がパトリオットのもとに駆け寄った。

(…皆、…。…俺は…、諜報部として…生きる…)



諜報部の戦いは、終わらない。


八幡高校諜報部−完−

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